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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)10099号 判決 1975年10月13日

原告 合資会社白水荒物店

右代表者無限責任社員 白水リク

右訴訟代理人弁護士 仲田隆明

右訴訟人復代理人弁護士 阿部泰章

被告 株式会社 寺井

右代表者代表取締役 寺井清二

右訴訟代理人弁護士 林弘

同 岡原宏彰

主文

当裁判所が昭和四七年(手ワ)第三一八号約束手形金請求事件について同年五月一二日に言渡した手形判決を次のとおり変更する。

被告は原告に対し金二九六万二、六六二円およびこれに対する昭和四五年九月一〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その二を被告の各負担とする。この判決は原告勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

第一原被告双方の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金六九〇万四、四二四円および、うち金三九〇万四、四二四円に対する昭和四五年八月一〇日から、うち金三〇〇万円に対する同年九月一〇日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  原告は末尾目録表示のとおりの記載がある約束手形二通を所持している。

二  被告は右各手形を振出した。

三  株式会社北陸銀行は満期の日に支払場所で支払のため右各手形を呈示したが支払がなかった。

四  よって原告は被告に対し右各手形金およびこれに対する満期の日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

第三右請求原因に対する答弁

すべて認める。

第四抗弁

一  相殺

1  被告のすえひろ産業株式会社(以下、すえひろ産業という。)に対する債権

(一) 付加金の返還請求権

被告はすえひろ産業から電気ジャーを買受けていたものであるが、昭和四五年四月度(同月六日から五月一五日までの一ヵ月間)以降の買受分につき、同社に対し代金のほか資金援助分としてその小売価格の二パーセントを期限の定めなく貸与した。被告が右約定に基きすえひろ産業に支払った右付加金の明細は別表(一)のとおりであって合計金一九六万八、二一四円である。

(二) 物品税納付のための貸金返還請求権

被告は同年一月一三日から同年六月六日までの間五回に亘りすえひろ産業に対し資金援助として、同社の物品税支払のための資金を期限の定めなく貸与した。右貸金の明細は別表(二)のとおりであって合計金一九七万三、五四八円である。

(三) 値引価格の返還請求権

被告は昭和四四年八月度以降すえひろ産業からの仕入については従来の仕入価格(小売価格の五〇パーセント)より小売価格の一パーセントの値引を受けることとなったが、同社に対する資金援助の方法として同社に対し従来どおりの仕入価格によって支払い、値引分については同社の決算期五月三一日その他適当な時期に清算して返還を受けることとした。右値引分返還金の明細は別表(三)のとおりであって合計金三六九万六、九四三円である。

(四) 倉庫料および諸掛請求権

被告はその販売先から注文を受けるとそれに対応する商品をすえひろ産業から買受けていたものであるが、昭和四五年四月から同年七月の間資金援助の目的で販売先から注文がないのに同社の在庫商品を買受けてこれを引取ることとし、一方同社から倉庫料および諸掛として仕入価格に(一)の付加金である小売価格の二パーセントを合わせたものの五月分五パーセント、六月分四パーセント、七月分三パーセントを期限の定めなく支払を受けることとした。右倉庫料および諸掛金の明細は別表(四)のとおりであって合計金一〇四万六、五九五円である。

(五) 返品すべき商品の代金返還請求権

被告はすえひろ産業から買受けた商品を転売したところ不良品(温度が高すぎたり低すぎたりしてジャーの機能を果さないもの)として転売先から返品されたものがあるが、その際同社はその引取りを約していたものであるから、同社に対しその代金の返還請求権を有する。右返品された商品の代金の明細は別表(五)のとおりであって合計金六〇五万八、二六五円である。

2  期限後裏書

本件各手形はすえひろ産業から北陸銀行に裏書譲渡されたものであるが、すえひろ産業は期限後である昭和四五年九月二一日これらを同銀行から受戻し、更にこれらを原告に裏書譲渡したものであるから、原告はこれらを期限後の裏書によって取得したものである。

3  1の各債権と本件手形債務との相殺

よって被告はすえひろ産業に対する債権を以て原告に対し、原告に対する本件手形金債務と相殺することができるところ、すえひろ産業に対し前記1の(一)ないし(五)の各債権を有するので、その認められる範囲において右順序で同社に対する本件手形金債務に充つるまで対当額で相殺することとし、本訴において原告に対し右相殺の意思表示をした。

二  時効

1  時効期間の経過

本件各手形は被告のすえひろ産業に対する電気ジャー代金債務の支払のため同社に対し振出されたものであるから、右債務の支払期日は各手形の満期と同じ昭和四五年八月一〇日および同年九月一〇日であった。したがって右各手形振出の原因関係をなす、すえひろ産業の被告に対する売掛金債権は民法一七三条一号所定の二年の経過によってその時効期間を終了した。

2  手形の原因債権の消滅

よって被告はすえひろ産業に対し同社の本件各手形に関する原因関係上の債権が時効によって消滅したことを理由として本件各手形金の支払を拒むことができる。

3  期限後裏書

本件各手形は、前記一2のとおり、原告がすえひろ産業から期限後裏書を受けたものであるから、被告はすえひろ産業に対する右時効の抗弁を以て原告に対抗できる。

第五右抗弁に対する答弁

一  相殺の抗弁につき

1  右抗弁1の(一)につき

小売価格に対する二パーセント相当分については後日返還するなどの合意は全くなかった。すえひろ産業は電気ジャーの最先発メーカーであるが、昭和四五年中島金属工業株式会社(以下、中島金属という。)にSH8型(容量八合の意味)の本体および蓋部分の一部を下請けさせ、これを買受けた後完成させ自社ブランド「ママフレンド」の名称で販売することを企画した。ところが中島金属の製作したSH8型の本体部分は本来八合の容量がなければならないのに七合の容量しかない欠陥商品であることが判明した。すえひろ産業は中島金属の立場を考慮して右欠陥商品を引取ることとしたが、これは一個金七、五〇〇円で小売予定であったにもかかわらず、金五、九〇〇円でしか小売できないこととなり、これを従来の商品同様小売価格の五〇パーセント相当の金二、九五〇円で卸売したのでは採算に合わないことが明らかとなったので、右機種に限りSH7型として小売価格の五二パーセント相当額の金三、〇六八円で卸売することとしたもので、二パーセント相当を後日返還する旨の合意などはなかった。そしてその後は他の機種も右に合わせ小売価格の五二パーセント相当額を以て卸売価格とした。

2  右抗弁1の(二)につき

すえひろ産業はじめ全関係者とも電気ジャーは魔法瓶類似の商品として物品税納付の必要はないものと考えていたところ、国税庁では保温庫類似の商品として物品税を課することとした。資金力の弱かったすえひろ産業としては過去に遡っての納付などとうていなし得なかったので問屋である原、被告、株式会社満仲商店(以下、満仲商店という。)等や下請の中島金属に協力を求めた結果、すえひろ産業、中島金属、問屋が各三分の一あて負担することとなったもので、右について後日返還する旨の合意などはなかった。

3  右抗弁1の(三)につき

被告はすえひろ産業に対し同社の最大口の取引先として他の問屋である原告、満仲商店以上に優遇してほしいとして小売価格の一パーセントの値引を要求してきたが、すえひろ産業は他の販売先との均衡もあって受入れ難い性質のものであったためこれを拒絶した。しかしながら電気ジャーが飛躍的に売れるようになり、同社が大成長するようになった際には功労金の意味で何らかの形で恩返しをする旨伝えていたにすぎないのであって、もとより一パーセントという具体的な数値を約束したことはない。

4  右抗弁1の(四)につき

倉庫料および諸掛の支払を約束した事実は全くない。問屋が季節商品を不需要期に引取ったときには倉庫料および諸掛を要するが、これを問屋が負担するのは当然であり、本件においても原告、満仲商店ら問屋はこれを負担している。本件電気ジャーはすえひろ産業が最先発メーカーで、作ればそのはしから売れるという状況にあり、各問屋で引っ張りだこの状態にあったのであるから、被告に対してだけ倉庫料を支払ってまで販売する必要は全くなかった。

5  右抗弁1の(五)につき

温度不良はサーモスタットの調整をすれば完全な商品となるもので瑕疵という程度のものではない。右調整はすえひろ産業から各問屋に技術員を派遣し技術講習をしていたものであって各問屋は自己の責任で補修の義務を負っていた。仮に右が瑕疵に当るとしても商法五二六条によりこれに基く契約の解除は除斥期間の経過によってこれをなし得ない。

6  被告主張のすえひろ産業に対する債権はいずれも被告とすえひろ産業との関係が悪化した昭和四五年七月以降本件手形金の支払請求を恐れた被告がねつ造したものであり、右は次の事実によっても明らかである。

(一) 被告の帳簿は当初被告の主張と異る処理がなされており、後日手が加えられている。

(二) 被告の主張が正しければ、被告は相殺後もすえひろ産業に対し残債権を有する筈であるのにその請求を全くしていない。

(三) すえひろ産業は大阪地方裁判所に会社整理を申立て、その債権者はいずれも七割相当の配当を受けており、被告が真に債権を有するのであれば債権者として届出をし配当を受けている筈であるのに、被告は右届出さえしていない。

7  同抗弁2につき

認める。

二  時効の抗弁につき

1  期限後裏書がなされた場合、手形債務者が裏書人に対する抗弁事実を以て被裏書人に対抗できるというのは、右裏書の時点において発生している抗弁事実を被裏書人に対し主張することができるというのであって、裏書人と被裏書人とを完全に同一人格とみなし、どのような時点におけるどのような事実についても被裏書人に対し主張できるというものではない。被告はすえひろ産業の被告に対する売掛代金債権が昭和四七年九月に時効期間を満了して消滅したというのであるが、原告はそれ以前にすえひろ産業から本件各手形の裏書譲渡を受け、同年三月一三日に本訴を提起しているのであるから、右時効消滅の事由を以て原告に対抗することはできない。

2  仮に右解釈を採り得ないとするときは次のように解する。すえひろ産業は本件裏書譲渡後は本件各手形金債権はもとより、右各手形を取戻すまでは売掛代金債権の行使もできないのであるから(被告は右代金支払のために振出した本件各手形の返還と引換でないとすえひろ産業に対し右代金の支払をしない。)、同社が本件各手形の裏書譲渡後これを取戻すまでの間時効期間の進行を停止すると解すべきである。そうであるとすれば売掛代金債権の消滅時効は現に停止し満了していない。

第六再抗弁

本来の債務の支払のために手形の振出があった場合、債権者において常に原因債権について訴訟を提起しないならば右債権の時効を中断できないとすることは不当であるから、手形についての訴の提起によって原因債権の時効も中断するものと解すべきである。してみると本件において各手形の原因債権であるすえひろ産業の被告に対する売掛代金債権の時効期間中である昭和四七年三月一三日に本件訴が提起されたことにより右時効は中断された。

第七右再抗弁に対する答弁

原告が被告に対し本件各手形金の請求をしたとしても、その振出の原因関係であるすえひろ産業の被告に対する売掛代金債権の時効まで中断するものではない。仮に手形金の請求が原因債権の時効を中断すると解しても、右は原因債権の債権者が債務者に対し右の請求をした場合に限るべきである。即ち右の場合は手形金債権による訴の提起は原因債権行使の意思表示と解する余地があるからである。しかしながら本件のように原因債権の債権者と手形債権の債権者とが異る場合、手形債権者による手形上の権利の行使を以て原因債権をその債権者が行使したものと解する余地はない。

第八証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断する。

1  相殺の抗弁について

(一)  自働債権の存否

(1) 付加金の返還請求権

すえひろ産業が昭和四五年頃同社の製造する電気ジャーSH7型を卸売するに当りその価格を従来の小売価格の五〇パーセントから五二パーセントに増額し、その後SH9型についても同様増額したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、右増額の始期は昭和四五年四月六日以降売却の分についてであり、被告についての右増額金の明細および合計額は別表(一)のとおりである事実を認めることができる。

≪証拠省略≫によると、右二パーセントの増額分についてはすえひろ産業において預り保証金の名目で記帳され、うち満仲商店が同年四月分として支払った金二八万六、〇三二円、同年五月分として支払った金一〇万一、〇〇八円についてはいずれも同年六月二九日同社に対する同月分の売掛代金中の対当額を以て相殺し、同社が同月分として支払った金一八万九、七四四円については同年九月一五日同社に対する同月分の売掛代金中の対当額を以て相殺してそれぞれ決済されており、同じくインテリヤハクトが同年五月分として支払った金七万三、八〇二円、同年六月分として支払った金一七万六、一二〇円については同年八月二五日同店に対する同月分の売掛代金中の対当額を以て相殺して決済されており、右増額分が後日事実上返還されている事実を認めることができるのであって、右事実に≪証拠省略≫を併わせ考えるとき、被告がすえひろ産業に支払った前記二パーセントの増額分は同社に対する当座の資金援助分として後日返還を受けることを前提に期限の定めなく貸与されたものと認めることができる。≪証拠省略≫中には、右増額分はすえひろ産業においてSH7型を従来どおり小売価格の五〇パーセントで卸売したのでは採算に合わないので値上げし、その後他の機種についても同様値上げしたもので後日返還する合意等はなかった旨前記認定に反する部分があるが、右は前記採用の各資料と対比するときたやすく信用できず、他に前記認定を左右するに足る資料はない。

よって被告はすえひろ産業に対し金一九六万八、二一四円の付加金について返還請求権を有するものと認めることができる。

(2) 物品税納付のための貸金返還請求権

被告がすえひろ産業に対し同社の物品税納付のための資金を提供することとし、その支払をしたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によると、右物品税納付のための資金の提供は被告については昭和四五年一月一三日から同年六月六日までの間五回に亘ってなされ、その明細および合計額は別表(二)のとおりである事実を認めることができる。

≪証拠省略≫によると、右金員の授受はいずれも、支払側の被告においてはすえひろ産業に対する仮払金(債権)として処理され、受取側の同社においてはこれに対応する金額がそれぞれ仮受金(債務)として処理されている事実を認めることができるのであって、右事実に≪証拠省略≫を併わせ考えるとき、右金員は被告からすえひろ産業に対し資金援助の趣旨を以て同社の納付すべき物品税の一部に見合うものとして後日しかも同社の業績の向上が見込まれる近い将来返還を受けることを前提に期限の定めなく貸与されたものと認めることができる。≪証拠省略≫中には、右金員は、すえひろ産業が当初予想しなかった物品税課税の事態に困惑し(電気ジャーは魔法瓶と同種で物品税の課税はないと考えていたところ、保温庫と同種で同税課税の対象となる。)、被告その他の問屋および下請業者等に右税納付についてその援助を要請し結局被告らがその資金をすえひろ産業に贈与することとしたものであって、これが返還の合意などはなかった旨前記認定に反する部分があるが、右は前記採用の各資料と対比するときたやすく信用できず、他に前記認定を左右するに足る資料はない。

よって被告はすえひろ産業に対し金一九七万三、五四八円の物品税納付資金について返還請求権を有するものと認めることができる。

(3) 値引価格の返還請求権

≪証拠省略≫によると、被告はすえひろ産業が電気ジャーの最先発メーカーとして福岡から大阪に進出しその業績を拡大するについて資金の調達を始めとして物心両面の援助をするほか、その製品の卸売代理店即ち問屋として全体の六五パーセントから七〇パーセントの販売を担当する等同社の発展に寄与してきたところから、同社の業績が拡大した昭和四四年八月以降同社に対し被告については他の問屋よりも優遇してその取引商品につき従来の仕入価格(小売価格の五〇パーセント)から小売価格の一パーセントの値引を要求し、ただすえひろ産業に対する資金援助の趣旨で同社に対し従来どおりの仕入価格に従って支払うが、値引分については同社の決算期その他適当な時期に清算して返還を受けることとするよう申入れた事実を認めることができる。

被告は、右値引の合意がすえひろ産業との間に成立した旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張に符合する部分があるが、一方、≪証拠省略≫中には右に反する部分もあるうえ、他にこれを裏付ける資料もないのであるから、直ちにこれを信用することができない。もっとも、証人福野利男の証言によって同人が被告の従業員として作成したものと認めることができる乙第二号証(訂正伝票)中には右値引分の記載が朱書されており、右証言によると、右記載は右値引分が既にすえひろ産業の被告に対する売掛代金の一部と相殺することによって支払われていたところ後日その一部の誤謬が発見されたので同号証によってこれを訂正したというのであるが、右証言によっても右記載は後日被告の主張事実に副って追記されたとの疑いを挾む余地があるのであるから、これを以て被告の右主張事実を認定するに足る資料とみることができないのはもとより、前記被告主張事実に副う証言等を裏付けるに足る資料とみることもできない。また、≪証拠省略≫中にも右主張事実に副う記載があるが、右も前同様その作成の時期に疑いがあるのであるから乙第二号証と同じ評価を免れない。そして他に右主張事実を認めるに足る資料はない。

よって被告主張の本請求権はその余の点について判断するまでもなくこれを認めることができない。

(4) 倉庫料および諸掛請求権

被告がすえひろ産業から季節商品である電気ジャーを昭和四五年の不需要期に相当量買受けたことにより倉庫料および諸掛を要したことは当事者間に争いがない。

被告は、すえひろ産業から右倉庫料および諸掛として仕入価格(小売価格の五二パーセント)の五月分は五パーセント、六月分は四パーセント、七月分は三パーセントの支払を特に期限は定めないが後日受ける旨の了承を得ていた旨主張し、乙第三号証の一ないし七および証人寺尾豊敏(第一回)の証言、被告代表者本人尋問の結果中には右主張に符合する部分(右乙号証についてはいずれも歩引欄に朱書の部分)があるが、まず右乙号証の歩引欄の記載は、証人福野野利男の証言によると、すえひろ産業の作成すべき右乙号証について被告の従業員である福野利男が被告代表者の指示によって後日追記したものである事実を認めることができるのであって、たやすくこれを信用することができず、また右証言、本人尋問の結果は他にこれを裏付ける資料もないうえ、≪証拠省略≫中には右に反する部分もあるのであって、これらとの対比においてにわかに信用することができない。そして他に右主張事実を認めるに足る資料はない。

よって被告主張の本請求権はその余の点について判断するまでもなくこれを認めることができない。

(5) 返品すべき商品の代金返還請求権

≪証拠省略≫中には、被告がすえひろ産業から購入した商品について転売先から返品があり同社がこれを引取るという話があった旨被告主張事実の一部に副う供述部分があるが、右はそれ自体具体性がないことにより、またこれに反する≪証拠省略≫との対比によって直ちに信用することができず、他に右主張事実を認めるに足る資料もない。

よって被告主張の本件請求権はこれを認めることができない。

(二)  期限後裏書

本件各手形が被告主張のとおりの経過によってすえひろ産業から原告に対し期限後裏書されたものであることは当事者間に争いがない。

(三)  右(一)の債権と本件手形債務との相殺

以上認定の事実からすると、被告はすえひろ産業に対し前記(一)の(1)(2)の各債権即ち返還期限の定めのない合計金三九四万一、七六二円の貸金債権を有するものということができるところ、一方原告はすえひろ産業から同社の被告に対する本件各手形金債権を期限後裏書によって譲受けたものであるから、被告はすえひろ産業に対する右債権を以て原告に対し、原告に対する右債務の一部と対当額において相殺可能な状態にあったものということができる。そして被告が本訴において原告に対し右相殺の意思表示をしていることは当裁判所に顕著である。

してみると、原告の被告に対する本件各手形債権は相殺により金三九四万一、七六二円の限度において消滅すべきものであるところ、右各手形金債権のうちいずれを先に相殺するかについては、被告において当事者がこれを指定した旨の主張立証をしないから、法定充当の方法により、まず(1)の手形金債権についてはその全部を消滅させ、次いで(2)の手形金債権についてはその一部金三万七、三三八円を消滅させたものということができる(なお右相殺の適状時各手形については支払期日が到来していないものと認められるからその法定利息は受働債権とならない。)。よって本抗弁については右の限度で理由がある。

2  時効の抗弁について

(一)  時効期間の経過

証人北条光夫の証言によると、本件各手形は被告がすえひろ産業に対する電気ジャーの代金債務支払のため同社に対し振出されたものである事実が認められるから、右債務の支払期日は右各手形の満期と同じ昭和四五年八月一〇日および同年九月一〇日であったものと認めることができる。そしてまた右証言によると、右債務は被告が生産者であるすえひろ産業から購入した商品の代価であるものと認めることができるから、本件各手形の原因債権である売掛代金債権は民法一七三条一号により右各日からそれぞれ二年の経過によって消滅時効期間を満了しているものということができる。

(二)  手形の原因債権の消滅の有無

右(一)のとおり、本件各手形の原因債権である売掛代金債権については時効期間を満了しているものであるから、被告において右時効を援用することによって右債権は消滅するものということができるのであるが、本件において被告は右援用の事実を主張立証していないのであるから、右債権は未だ消滅していないものということができる。してみると被告の本抗弁はその余の点について判断するまでもなく既に理由がないことに帰する。

(三)  手形債権の消滅の有無

被告は、被告はすえひろ産業に対し同社の被告に対する本件各手形に関する原因関係上の債権が時効によって消滅したことにより右各手形金の支払を拒むことができるところ、原告は右各手形をすえひろ産業から期限後裏書を受けたものであるから、被告はすえひろ産業に対する右時効の抗弁を以て原告に対抗できるものであり、したがって原告に対し右各手形金の支払を拒むことができる旨主張するのであるが、仮に右時効の援用があったとしても、手形振出の原因債権が時効で消滅したことにより債務者が手形債務を免れるのは右時効期間の満了時において手形債権者とその原因関係上の債権者とが同一人である場合に限られるのであって(但し、時効の援用時には異っていてもよい。)。右期間の満了前に手形債権が第三者に譲渡されている場合においては、その後に発生した右期間の満了および時効の援用に基づく原因債権の消滅を以て右第三者に対抗できるものではない。もしそうでなければ裏書譲渡を受けることによって権利者となった手形債権者においてその後に発生し、しかも全く自ら関知しない原因債権の消滅事由によってその権利を喪失させられる不当な結果となるからである。そしてこのことは右手形債権の譲渡が期限後裏書によってなされた場合においても何ら異るところはない。なぜならば期限後裏書は裏書当時既に発生している手形債務者の裏書人に対する抗弁事実につき被裏書人の善意悪意を問わず同人に対抗できるというものであって裏書後に発生した裏書人に対する事由について被裏書人に対し主張できるというものでないからである。これを本件についてみると、本件各手形債権は原因債権であるすえひろ産業の被告に対する売掛代金債権についての消滅時効期間が満了する前すえひろ産業から原告に対し期限後裏書によって譲渡されていることは被告の主張自体明らかであるから、右原因債権の時効期間がその後満了し被告の援用によって右債権が消滅したとしても、これによって原告の被告に対する本件各手形債権に何らの影響を及ぼすものではない。

よって被告の本抗弁は理由がない。

三  以上、被告の抗弁中、時効の点は理由がないが、相殺の点は一部理由があるので、原告の本訴請求中、原告が被告に対し本件(2)の手形金中金二九六万二、六六二円およびこれに対する満期の日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める部分は正当として認容し、その余は失当として棄却すべきところ、本件手形判決は右請求をすべて認容するものであるから民訴法四五七条一、二項により右判決を前記のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田政彦)

<以下省略>

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